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第3話 溶けていく境界

Author: marimo
last update Last Updated: 2025-12-18 21:03:04

 交際が始まってからの時間は、不思議なほど自然に、楓の生活へ入り込んできた。

 当直明け、自宅のベッドでぐったりと寝ていると、インターホンが鳴る。

「楓、開けて。サンドイッチ買ってきた」

 眠気の中、玄関の扉を開けると、亮が紙袋を片手に立っている。

 いつもより少し早起きしたという顔で。

「当直明けは、これくらい軽い方がいいだろ?」

 差し出されたサンドイッチには、楓の好きな具材ばかりが詰まっている。

そのまま少しだけベッドで抱き合ってから、亮は自分の仕事に出かけていく。

 優しさが過剰に詰め込まれた、小さな幸せの塊だった。

 休日は二人でキッチンに立った。

 亮は料理が得意ではない。むしろ壊滅的に不器用だ。

「いてっ……玉ねぎって、なんでこんなに刺すんだよ……」

 涙目になりながら玉ねぎを切る亮を見て、楓は声をあげて笑った。

 その笑い声につられ、亮も照れくさそうに笑う。

 そんな日常の端々に、「一緒に生きる」という感覚が宿っていた。

 気づけば部屋には亮の気配が増えていた。

 ソファの端に投げかけられたジャケット。

 洗面台には並んだ歯ブラシ。

 冷蔵庫には亮の好きなビール。

 ベッドの隅には彼が忘れていったスウェット。

 それらが、自然で、温かくて、当たり前になっていった。

 ――しかし。

 そんな幸福に、ほんのわずかな影が落ち始める。

 亮には一つだけ、楓を悩ませる性質があった。

 嫉妬深さ。

「今日の当直、誰と? 男?」

「医師の八割は男よ」

「……あんまり残ってほしくないんだけど」

「無理よ。仕事なんだから仕方ないでしょ」

「楓には、無理してほしくない」

 その声音は甘く、同時に重かった。

 “守りたい”と“独占したい”がないまぜになった、複雑な甘さ。

 最初はそれも愛情の一部だと思えた。

 だが――その嫉妬は、徐々に熱を帯びていく。

 楓が男性医師とペアを組むと知れば、亮は自分が休みの日には病院に来るようになった。

 遠くのロビーから、楓が帰るのをじっと見張るように。

 最初にそれに気づいたとき、楓は背筋がひやりとした。

 仕事を終えてロッカー室から出た瞬間、見覚えのある後ろ姿がエントランス近くに見えた。

 亮がスマートフォンをいじるふりをして、医局側をちらちらと覗いている。

(どうして……?)

 問いただすと、亮は笑ってごまかした。

「近くまで来たから。帰り、一緒に帰ろうと思って」

 楓はその微笑みに、否定しきれない温かさと、説明できない不安の両方を覚えた。

 病院の懇親会――これも亮にとっては不安の対象だった。

marimo

「守る愛と、縛る愛。 亮の行動、どこからがアウトだと思いますか?」

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